不動産テックは導入率ではなく、現場の利用率で成果が決まります。
米不動産メディアのHousingWireが2026年8月11日に報じたところによると、同社主催のAI Summitで、ブローカレッジ大手Epique Realtyの最高経営責任者ジョシュ・ミラーが「業界でもっとも高額なテクノロジー投資ほど、もっとも使われていない」と指摘しました。同社の顧客管理システム(CRM)定着率は89%で、業界平均の3倍を超えます。本記事は、宅建業免許(東京都知事(1)第113520号)を保有し、AI導入コンサル100社超の実績を持つ株式会社オルセル(不動産のチカラ運営)が、日本の不動産事業者向けに解説します。

不動産AI導入率98%の裏で起きている「現場が使わない」問題
問題は経営判断ではなく、営業担当が触るかどうかに移っています。ミラーはHousingWireの調査として、全米のブローカレッジの98%が今後1年以内に自社でAIを導入すると回答したと紹介したうえで、「ブローカレッジのAI導入が問題なのではなく、エージェントの利用が問題だ」と述べました。
その根拠として挙がったのがCRMの数字です。ミラーによると、ブローカレッジの70%がCRMを提供しているにもかかわらず、エージェントの30%はCRMをまったく使わず、別の30%は会社支給ではなく自費で別のツールを契約しています。週に1回以上ログインするのは15%にとどまるとされ、もっとも高額な投資がもっとも使われていない構図が浮かびます。
ミラーが引用した全米不動産協会(NAR)のデータでは、利用を強制されない場合にエージェントが自発的に使うのは電子署名が79%、SNSが75%、写真・動画が52%、AI生成コンテンツが46%でした。会社が押し付けたい高額CRMは、この上位に入っていません。
一方でEpique Realtyの定着率は89%です。理由は単純で、エージェントが欲しがるものを紐付けたからだとミラーは説明します。同社は2025年に125万件のリードを無償でエージェントへ配布しましたが、その置き場所をCRMのLoftyに限定しました。ログインしなければ無料リードを受け取れない設計です。このリードは同年に430万ドルの総手数料収入(GCI)を生んだとされています。
ここからミラーは、現場にツールを使わせる3条件を提示しました。すでに欲しがっているもの、すでに自費で払っているもの、そして使う明確なインセンティブがあるもの、の3つです。なおEpique Realtyは2021年12月創業で、2025年の取扱高は70億ドル・23,000サイド、約5,000人のエージェントを50州と3カ国に抱えます。ミラーは2026年のInc. 5000で7位デビューし、全米の不動産ブローカレッジで最も成長が速いと述べています。
日本の不動産事業者にとっての3つの論点
日本でも、この構図はほぼそのまま当てはまります。第一に、ツールの本数は増えたのに利用率を測っていない会社が大半です。SUUMOやLIFULL HOME’Sへの掲載作業、レインズ登録、追客メール、重要事項説明の下書きと、AIが効きそうな業務は並んでいますが、契約中のSaaSごとに週次ログイン率を出している会社はほとんど見かけません。導入したかどうかではなく、何%が今週触ったかがKPIになります。
第二に、日本の営業現場には「すでに自費で払っているツール」が実在します。物件写真の加工アプリ、内見動画の編集アプリ、キャプション生成のAI、個人のスマートフォンで動いている顧客連絡のチャットなどです。ミラーの3条件でいえば、ここは最初から条件を満たしている領域です。会社が新しい何かを買う前に、現場がすでに自腹で回している作業を会社の仕組みに引き上げるほうが、定着は速く進みます。
第三に、インセンティブ設計です。Epique Realtyがやったのは機能追加ではなく、反響の配信経路をツールに一本化することでした。日本の賃貸仲介・売買仲介でも、ポータル反響や自社サイト問い合わせをAI搭載の顧客管理側に集約し、そこにログインしないと反響が見えない設計にすれば、利用率は自然に上がります。ただし顧客の氏名・連絡先を扱う以上、個人情報保護法にもとづく利用目的の明示と社内規程の整備が先です。同意のない個人情報を外部の生成AIへ投入する運用は避けてください。
明日から取れる初動アクション
最初にやるべきは棚卸しです。契約中のSaaSを一覧化し、月額費用と直近1カ月の週次ログイン率を並べます。費用が高くログイン率が低いものが、まず見直しの対象になります。
次に、現場へのヒアリングです。営業担当が私物のスマートフォンや自費のサブスクリプションで回している作業を洗い出します。ここで挙がった作業こそ、AI化しても抵抗が起きにくい入口です。
三つ目に、反響の一本化です。ポータル・自社サイト・電話の問い合わせを一つの入口に集め、そこを見なければ案件が拾えない状態を作ります。Epique Realtyの89%は、機能ではなくこの設計から生まれています。
四つ目に、内製の検討です。ミラーはLovableやClaudeのような開発ツールで社内向け・エージェント向けのアプリを短期間で作ることを勧めています。日本の中小不動産会社でも、オンボーディング資料の自動生成や物件キャプション生成なら現実的な射程です。ただし顧客データを扱う機能を内製する場合は、宅建業法上の記録義務と個人情報の取り扱い規程を先に整えてから着手してください。
最後に、測定です。定着率そのものをKPIに置き、導入から30日・90日の時点でログイン率と処理件数を確認します。導入手順の型は不動産のAI業務効率化|中小企業が30日で1業務を回す導入手順5段階、投資対効果の測り方は賃貸管理のAI導入ROIを5指標で算定する手順と90日検証法で整理しています。
まとめ
不動産AIの勝負どころは、導入を決める会議室ではなく、営業担当が今週そのツールを開いたかどうかにあります。すでに欲しがっている、すでに自費で払っている、使う理由がある、というEpique Realtyの3条件は、日本の不動産事業者がツール選定の物差しとしてそのまま使えます。まずは自社のログイン率を数字にするところから始めてください。
参考文献
- HousingWire・Epique Realty CEO Josh Miller offers 3-point fix for agent tech adoption
- HousingWire・Only 2% of real estate brokerages say they won’t adopt AI in 2026
- HousingWire・AI Summit 2026
- HousingWire・Epique Realty bets on specialized AI to modernize agent workflow
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引用元: HousingWire
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / EC支援19年5,000社超・AIコンサル100社超 / 宅建業免許 東京都知事(1)第113520号)