米大手仲介が営業1000名超にAI個人安全アプリを標準配備しました。
本記事は、宅建業免許(東京都知事(1)第113520号)を保有し、AI導入コンサル100社超の実績を持つ株式会社オルセル(不動産のチカラ運営)が解説します。米フロリダ州とジョージア州で展開する仲介会社が、営業スタッフ1000名超に個人安全プラットフォームを会社負担で標準配備するというニュースは、単なる海外の福利厚生の話ではありません。空室物件で初対面の相手と二人きりになる、という不動産営業の構造的なリスクに、AIによる異常検知と有人オペレーターを組み合わせて対処するという設計思想が示されているためです。日本の賃貸仲介や売買仲介にも、安全配慮義務と位置情報の取り扱いという形でそのまま論点が移植できます。
何が起きたか:仲介会社が安全アプリを標準装備に組み込んだ
HousingWireによると、Watson Realtyは2026年9月から、個人安全プラットフォームのBondをフロリダ州とジョージア州の営業1000名超へ導入します。注目すべきは導入の形です。希望者だけの任意加入にも、スタッフの自己負担にもせず、会社が用意する標準ツール群の一部として組み込むという判断をしています。同社のBill Watson IIIは、コロナ禍を境に営業の働き方が大きく個人単位へ寄ったこと、それでも「一人きりだと感じさせたくない」ことを導入理由として語っています。
Bondは、スマートフォンアプリと24時間体制のコマンドセンターを組み合わせたサービスです。位置情報の共有、移動の見守り、ビデオ通話による接続、オペレーターの待機指定、サイレンといった機能を持ち、状況に応じて緊急連絡先への連絡や救急・警察との調整までを行います。創業者でCEOのDoron Kempelは、開発に1億ドル超を投じ、現在28カ国で提供していると説明しています。同社によれば、これまでに約150万件の安全関連リクエストと、1万件を超える緊急事態への対応実績があるとのことです。
技術面で興味深いのは、Kempelが自社の位置づけを「pre-911」、つまり110番や119番を呼ぶには早すぎるが、事が起きてからでは遅い領域だと定義している点です。AIと有人の警備オペレーターを組み合わせて異常をリアルタイムに検知し、抑止や初動につなげる、という設計になっています。実際、アプリ上でオペレーターと接続するまでの時間は5秒と説明されており、画面越しにオペレーターが同行し、必要なら相手に直接話しかけて抑止する使い方が想定されています。指を画面に置いている間だけ見守り、指を離すとカウントダウンが始まり、パスコードを入れなければオペレーターが介入するという機能もあります。パニックボタンを押す余裕すらない状況を前提に設計されている点が、従来型の緊急通報装置との違いです。
日本の不動産事業者にとっての論点:安全配慮義務と位置情報
日本でこのニュースを読み替えるとき、最初に効いてくるのは労働契約法です。労働契約法第5条は、使用者は労働者が生命と身体の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をするものとする、と定めています。空室物件での単独内見、夜間の現地待ち合わせ、初対面の申込者との個別対応は、この安全配慮義務の射程に入る典型的な場面です。国内では宅地建物取引業者の営業スタッフが受けた被害を体系的に集計した公的統計は見当たらないため、被害規模の数字は要確認としますが、統計がないことは論点がないことを意味しません。
現場で使える国内の選択肢は既にあります。ALSOKの「まもるっく」やセコムの「ココセコム」のような、位置情報と通報を組み合わせた法人向けサービスは以前から提供されており、建設や介護の一人作業ではすでに一般的です。不動産仲介での採用が進みにくかったのは、費用よりもむしろ運用設計の問題だと考えています。任意加入にすると、最も守るべき若手や女性スタッフほど「大げさだと思われたくない」という理由で使わなくなるからです。Watson Realtyが任意加入にせず標準装備にした判断は、この心理的なハードルを制度側で外したという点で参考になります。
もう一つ、日本でこそ丁寧に設計すべきなのが位置情報の扱いです。従業員のスマートフォンから継続的に位置情報を取得する運用は、個人情報保護法上の個人データの取得と利用にあたります。利用目的を安全確保に限定して明示すること、取得する時間帯を業務時間や見守り起動中に限ること、勤怠評価や行動監視には転用しないことを社内規程に明記し、本人へ説明したうえで導入する必要があります。この論点は不動産業のAI活用と個人情報保護法の実務で整理した考え方と地続きです。Bondがサービス上「利用者とBondの間のことは会社には共有されない」と明言しているのも、同じ問題意識の裏返しといえます。
初動アクション:仕組みで守るための3つの設計
第一に、リスクの高い場面を業務フローの中で特定することです。空室物件の単独内見、契約前の現地待ち合わせ、夜間や休日の対応、遠隔地の物件案内といった条件を洗い出し、どの場面で見守りを起動するかを社内で決めます。すべての外出を対象にすると運用が続かないので、条件を絞って必ず起動する形にするほうが定着します。
第二に、任意ではなく標準にすることです。会社が費用を負担し、入社時の貸与端末に最初から設定しておく形にすれば、使うかどうかの判断をスタッフ個人に負わせずに済みます。あわせて、見守りを起動したこと自体を上長が評価対象にしない、という運用ルールを明示しておくことが重要です。
第三に、AIに任せる範囲と人が判断する範囲を切り分けることです。異常の検知や移動の見守りといった「気づく」部分は自動化に向きますが、実際に介入するかどうかの判断と責任は人が持ちます。この考え方は、スマートグラスを使った管理現場のDXでも同じで、デバイスやAIは判断を代替するのではなく、判断に必要な情報を早く集めるために入れるものです。加えて、内見そのものを減らす方向の投資、たとえばオンライン内見や3Dウォークスルーの整備は、集客施策であると同時にスタッフの単独行動を減らす安全施策としても機能します。
まとめ
Watson Realtyが営業1000名超に安全アプリを標準配備した事例が示しているのは、不動産営業の安全対策が個人の心がけではなく会社の仕組みの問題だという整理です。日本の不動産事業者にとっての実務論点は三つ、労働契約法第5条の安全配慮義務を単独内見の場面に具体化すること、位置情報の利用目的を安全確保に限定して規程化すること、そしてAIによる検知と人による判断の役割を切り分けることです。導入コストよりも、任意加入にしないという運用設計のほうが成果を左右します。
参考文献
- HousingWire「Tech-driven protection gains steam ahead of Realtor Safety Month」
- Bond「About Bond – Personal Security for All.」
- e-Gov法令検索「労働契約法」
- 厚生労働省「労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)」
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引用元: HousingWire
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / EC支援19年5,000社超・AIコンサル100社超 / 宅建業免許 東京都知事(1)第113520号)