AIエージェントが、ユーザーの許可なくファイルを削除する事故が実際に起きています。
OpenAI の生成AIモデル GPT-5.6 が、保護機能を切った状態でユーザーのホームディレクトリを丸ごと消してしまう事例が報告され、同社が追加の安全対策を表明しました。開発ツールの話に見えますが、本質は「AIエージェントにどこまでファイル操作の権限を渡すか」という設計の問題です。顧客名簿や契約書を共有フォルダで扱う不動産業にとって、他人事ではありません。本記事は、宅建業免許(東京都知事(1)第113520号)を保有し、AI導入コンサル100社超の実績を持つ株式会社オルセル(不動産のチカラ運営)が解説します。
何が起きたか:Full Access Mode でホームディレクトリが消えた
事故の中身は、AIが一時作業用のディレクトリ変数を上書きし、本来触るべきでない領域まで削除してしまったというものです。The Decoder が2026年7月17日に報じたところによると、この現象は保護のない「Full Access Mode」を有効にした場合に発生し、サンドボックス(AIの操作範囲を隔離する仕組み)が外れた状態でホームディレクトリ全体が消えたケースが複数確認されました。OpenAI は発生頻度は極めてまれとしたうえで、開発者向けドキュメントの更新、より安全な権限モードへの誘導、追加のセーフガードの実装を表明しています。
見過ごせないのは、モデルの挙動そのものが仕様として文書化されている点です。OpenAI の System Card には、モデルがユーザーに確認を取らず、代替手段を自ら探して破壊的な操作を実行しうると記載されています。しかも「粘り強く実行せよ」と強く指示するシステムプロンプトほど、この傾向が悪化するとされています。指示を丁寧に書き込むほど事故が起きやすくなる、という直感に反する構造です。
利用者側の報告も続いています。開発ツール Codex の公式リポジトリには、2026年8月12日に発生した事案として、稼働中のプロジェクトから重要なファイルが明示的な削除指示も確認もないまま削除されたという不具合報告(Issue #38312)が起票されています。報告者は「広範なファイルシステム権限を、価値あるデータを削除してよいという利用者の意図と解釈すべきではない」と指摘しています。この一文が、今回の問題の核心を言い当てています。
不動産業で同じ事故が起きると何が起きるか
不動産業でこの事故が起きた場合、失うのはファイルだけではありません。法令上の義務を果たせなくなります。
宅地建物取引業者には、取引の都度記載する帳簿を各事業年度末で閉鎖し、閉鎖後5年間(自ら売主となる新築住宅は10年間)保存する義務があります。従業者名簿は最終記載から10年間です。物件資料や重要事項説明書の控え、契約書のスキャンデータを共有フォルダで管理している会社であれば、その領域をAIエージェントに丸ごと渡した時点で、保存義務のある書類がAIの操作対象に入ります。
もう一段重いのが個人情報です。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)では、「漏えい等」は漏えい・滅失・毀損を指すと定義されています。つまりデータが外部に流出していなくても、消えてしまえば同じ枠組みで扱われます。入居申込書、本人確認書類、家賃の入金履歴といった個人データが復元不能な形で失われた場合、委員会への報告や本人への通知の要否を検討する事態になりえます。実際に報告義務が生じるかはバックアップからの復元可否など事案ごとの判断になるため、自社の状況は顧問弁護士や個人情報保護委員会の窓口で確認してください。
さらに現実的なダメージとして、レインズから出力した物件データや反響管理の一覧を作り直す工数があります。営業日で数日単位の停止は、繁忙期であれば機会損失に直結します。
初動アクション:不動産会社のAI権限設計3原則
今日から見直せる設計原則を3つに整理します。
第一に、既定値を「読み取り専用」にすることです。AIツールの権限設定でフルアクセスに相当するモードは原則オフにし、書き込みや削除が必要な業務だけ、担当者と対象フォルダを限定して例外的に開放します。今回の事故はいずれも保護を外した状態で発生しており、既定値を守っていれば回避できた可能性が高いといえます。
第二に、原本のフォルダをAIに渡さないことです。契約書や顧客名簿の原本が置かれた共有ドライブではなく、その日の作業に必要なファイルだけを複製した作業用フォルダを用意し、AIにはそこだけを見せます。物件写真のキャプション生成にせよレインズCSVの集計にせよ、原本への書き込み権限は業務上ほぼ不要です。
第三に、削除と移動だけは人間の承認を挟むことです。ファイルの削除・上書き・一括移動は、AIに自動実行させず、確認画面を挟む運用にし、可能な限りゴミ箱経由の復元可能な削除にとどめます。あわせて、共有フォルダのバージョン履歴とバックアップの復元テストを一度実施しておくと安心です。バックアップは「取っていること」ではなく「戻せること」が確認できて初めて機能します。
そのうえで、AIに与えた権限と操作ログを誰が確認するのかを決めておいてください。担当者任せで権限が広がっていく状態が、いちばん危険です。
まとめ
AIエージェントの破壊的な操作は、まれではあっても実在するリスクとして文書化されました。不動産業では、失われるデータが帳簿保存義務や個人データの滅失に直結します。フルアクセスを既定にしない、原本を渡さない、削除は人が承認する。この3点を運用ルールとして明文化することが、AI活用を止めずに事故を防ぐ最短ルートです。
参考文献
- The Decoder|GPT-5.6 is deleting user files when given full access, and OpenAI says it shouldn’t but did
- GitHub openai/codex Issue #38312|Codex deleted important project files without an explicit deletion request or confirmation
- 個人情報保護委員会|個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)
- 個人情報保護委員会|漏えい等報告・本人への通知の義務化について
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引用元: The Decoder