顧客を握るのは、保有データではなく連絡の許諾です。
米国の住宅ローン業界で、顧客との関係を誰が持っているのかという議論が再燃しています。HousingWireが2026年9月17日に公開した連載記事は、30年固定金利が7%台に乗った局面で勝ち残るのは、広告を最も多く出した会社ではなく、法的に連絡してよい状態を保っている会社だと指摘しています。顧客データを持っていることと、そのデータを使って連絡してよいことは別物だという整理です。本記事は、宅建業免許(東京都知事(1)第113520号)を保有し、AI導入コンサル100社超の実績を持つ株式会社オルセル(不動産のチカラ運営)が、日本の不動産事業者向けに解説します。
金利7%超で再燃した「顧客は誰のものか」
米国では2026年9月10日、30年固定の日次平均金利が2025年5月以来はじめて7%を超えました。Freddie Mac の週次調査も6.76%まで上昇しており、記事は、Redfin のデータとして住宅ローンを抱える持ち家世帯の82.8%が6%未満の金利で借りている点を挙げています。連邦住宅金融庁の研究では、市場金利が既存金利を1ポイント上回るごとに売却確率が18.1%下がるとされ、動けない世帯が過去最大規模で積み上がっている状況です。
そこで争点になるのが、金利が下がったときに誰がその世帯へ最初に連絡できるのかという一点です。記事は、不動産仲介会社も、ローン担当者も、債権を買った回収業者も、預金口座を持つ銀行も、それぞれ顧客の一部を持っているにすぎないと整理したうえで、所有権という言葉は適切ではないと述べています。より正確な定義は、継続的な関係と、データと、許諾された接触手段を同時に持っているのは誰か、というものです。
米国にはこの許諾を具体的に線引きする法律が並んでいます。Homebuyers Privacy Protection Actは、いわゆるトリガーリードの利用を大きく制限しつつ、現在のローンを組成または回収している事業者と、口座を持つ金融機関には道を残しました。連邦取引委員会のTelemarketing Sales Ruleは、取引から18か月、問い合わせから3か月という既存取引関係の枠内で担当者による架電を認めています。自動音声やロボテキスト、AI音声エージェントを使う場合はTCPAの対象となり、事前の書面同意が原則必要で、顧客はいつでも撤回できます。
数字は、許諾を持っていても活かせていない会社の多さを示しています。記事が引用する住宅データ基盤 RETR の集計では、2025年に再び市場へ戻った過去顧客のうち他社で借り換えた割合は、CrossCountry Mortgage で約61.4%、Guild で47.82%、PennyMac では81.35%に達しました。全米有数の回収残高を持つ会社が、戻ってきた顧客の5人に4人を取りこぼしている計算です。1件あたりの組成コストが平均11,898ドルに達する市場で、これは静かな出血だといえます。
日本の不動産事業者が直面する顧客データ3つの論点
日本の不動産事業者にとっても、この議論はそのまま自社の顧客データの話になります。規制の条文は違っても、許諾がなければ連絡できないという構造は同じだからです。論点は3つに整理できます。
第一に、許諾の棚卸しができていない点です。日本では個人情報保護法が第三者提供に原則として本人同意を求め、広告宣伝メールは特定電子メール法で原則オプトインとされています。宅地建物取引業法第47条の2と同法施行規則も、契約を締結しない旨の意思を示した相手への勧誘継続を禁じています。それにもかかわらず、過去5年に取引した顧客のうち、明日合法的に連絡できるのは何割かという問いに、取得日と取得経路と撤回の有無まで遡って答えられる会社はほとんどありません。名簿はあっても、許諾台帳がない状態です。
第二に、ポータル依存が許諾の蓄積先をずらしている点です。SUUMO、LIFULL HOME’S、アットホームといった媒体からの反響は買えますが、買えるのは問い合わせであって関係ではありません。継続的に連絡してよい状態は、自社で会員登録やメールマガジン、公式LINEの同意を取り直した会社にだけ残ります。米国の記事が垂直統合プラットフォームを強いと評したのは、検索の意図から契約、その後の接点までを同じ屋根の下に置いているからで、日本の中小事業者が同じ構造を作れる唯一の場所が自社の顧客データベースです。
第三に、AI活用の前提条件になっている点です。記事は、顧客の知識と許諾された接触手段を分けて論じ、知識だけあって連絡できない状態を座礁資産、許諾だけあって何を提案すべきか分からない状態を遊休資産と表現しました。AIで住み替え時期や相続の兆しを予測しても、連絡してよい相手でなければ成果にはつながりません。逆に、10年分の取引履歴と許諾が揃っている会社なら、生成AIによる名寄せや優先順位づけがそのまま売上に変わります。AIチャットやCRMの整備を進める前に、許諾の整理を先に置くべき理由はここにあります。CRM側の整備についてはSalesforce×Claude連携と不動産CRMの論点でも触れています。
今週から着手できる初動アクション
最初に手を付けるべきは、システム刷新ではなく許諾の可視化です。費用をかけずに始められ、効果の測定もしやすいからです。
自社CRMや顧客管理表に、同意の取得日、取得経路、同意の範囲、撤回の有無を記録する項目を追加してください。すでにある顧客レコードについては、直近の接点から遡れる範囲で埋め、遡れないものは連絡不可として分けます。この作業だけで、自社のリストが名簿なのか事業基盤なのかが見えます。
次に、反響受付から契約、引渡しや退去までの各接点で、同意文言を統一します。媒体経由の反響と自社サイト経由の反響では取得できる同意の範囲が違うため、そこを分けずに一括配信していると、特定電子メール法の観点で危うい状態になります。
三つ目に、取引終了後の継続連絡の同意を業務フローに組み込みます。引渡しや退去の手続きは、顧客の満足度が最も高い瞬間であり、次回の連絡許諾を取る機会としても最適です。ここを標準化している会社は、数年後の住み替えや売却の相談を自然に受け取れます。
最後に、AI音声やAIチャットによる自動連絡を検討している場合は、同意の範囲に自動架電や自動送信が含まれているかを確認してください。米国のTCPAほど明文化されていない領域ですが、宅地建物取引業法の迷惑行為の禁止と個人情報保護法の利用目的の範囲は、日本でも同じ論点として効いてきます。AIが読んだ書類の真偽を誰が決めるのかで整理した通り、自動化の範囲は事前に線を引いておくのが安全です。
まとめ
顧客データは、持っているだけでは資産になりません。連絡してよいという許諾と組み合わさってはじめて、次の取引を低コストで取りにいく権利になります。米国の借り換え市場で7割前後の顧客が他社へ流れている事実は、許諾を持つ会社ですら活かしきれていないことを示しています。日本の不動産事業者がいますべきことは、AIの導入検討より先に、自社の許諾台帳を作ることです。
参考文献
- HousingWire「Who owns the customer? That depends on whom you ask.」
- Homebuyers Privacy Protection Act(H.R.2808 / congress.gov)
- Federal Trade Commission「Telemarketing Sales Rule」
- Federal Communications Commission「TCPA Rules」
- Mortgage Bankers Association「IMBs’ Production Profits Remain Flat in First Quarter of 2026」
- 個人情報保護委員会
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引用元: HousingWire
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / EC支援19年5,000社超・AIコンサル100社超 / 宅建業免許 東京都知事(1)第113520号)